青の諧調

 春分はまだ遠いが、昼近くから春一番と言っていい強い風が吹いている。
胡桃の木の剪定をしていると、近所の80才過ぎのご婦人が二本のストックをたよりに歩いて近寄ってきた。


「いいお天気だのー。胡桃の木も剪定するんだが。」
「うだあ、枝が混んでまれば風通しも悪ぐなてしまうはでのー。」
「よぐやるのー。」
「きれいな日だはで、外さ出たぐなるきゃのー。」
「わだし、今の季節の空一番好ぎだの。言葉わがれば上手ぐしゃべるにいいんだけども・・
・・言葉にならねほどきれいで・・・・。」

 豊かな雪をまとった岩木山の山頂付近では雲が湧き、瑠璃色の空にゆっくり溶けていく。
瑠璃色の天から山裾の藍色に向かう青の諧調が、もはや冬ではない春目の前の、今日だけの美しさをみせる。胡桃の木をゆする強い風は春一番ということにしよう。


「今年も農作業がんばるんですべ。」
「うだ! 米ど、野菜ど、りんご、がんばります。」
「楽しぐ! 楽しぐ・・・・。」

 彼女は農業を続けてきたが、もう十分やり尽くしたという満足感をお持ちの方だ。彼女の表情や温和な声音にもそれが表れている。
その充実した思い出が、日々の散歩を彩り、味わいのある時間にしているのだと感じる。彼女が持つ「楽しい思い出」とは、土との濃密なかかわりと感動の日々をいうのだろう。そうでなければあの幸せな散歩はできない。
山裾の藍色から天の瑠璃色に向かう空の諧調は人生のようだ。しかしまだまだである。
今日は岩木山を拝む津軽人のだれもがこの景色を味わっているだろう。目の前に現れる事象を深く味わい、かつ忘れないように。